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残念としか言い表せません。

12/05、モータースポーツ世界最高峰のレースF1からHONDAが撤退するという衝撃的なニュースが流れました。
私がF1日本グランプリ観戦ツアーに携わり始めた1991年は、マクラーレン・ホンダに乗るアイルトンセナが、ウイリアムズ・ルノーのナイジェルマンセルを抑えて3度目のワールドチャンピオンを決め、「セナ様」という流行語が生まれたほどに日本におけるF1ブームがピークに達していた頃でした。
初の日本人ドライバー・中島悟がこの年を最後に引退することもあって、三重県鈴鹿市にある鈴鹿サーキットには14万8000人の観客が集まったのでした。11-1

第2期といわれるこの頃のHONDAは圧倒的パワーでF1を制し、16戦中15勝という過去にも、その後現在に至るまでも誰もなし得てない「HONDAエンジンでなければ勝てない」とまで言われるほどの大成功をおさめており、世界中で日本メーカーであるHONDAブランドの価値は一気に高まったのでした。

そして現在、第3期は車体・エンジンからチーム運営までのすべてを自前で行うオールHONDAとして参戦して9年目を迎えていました。オリンピックやワールドカップには世界中から多くのチームが参加しますが、F1は規定により世界中でたった11チーム22台のマシンしか参戦することのできない、文字通り世界最高峰の舞台。その頂点を目指して挑戦し続けることが会社のアイデンティティーにさえなっていたのでした。

「F1は挑戦することには意味はない、勝つことに意味がある」
創業者である本田宗一郎氏の数々の逸話は伝説にさえなっています。

ともあれフェラーリとマクラーレンに次いで歴史のあるHONDAの撤退は、計り知れない衝撃を世界中のモータースポーツ関係者に与えたようで、「HONDAのエンブレムはフェラーリの赤い跳ね馬と同じくらいの価値があったのに」というコメントも見られました。

撤退会見でHONDAの福井社長は「3~4年後に出すクルマをみて、この決断が正しかったかどうかを評価してほしい。」と述べていましたが、HONDAがF1撤退で失うものは、”F1参戦メーカー”というブランドイメージだけではないかもしれません。

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